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会社(オレ)を卒業した日の先へ。65歳、空っぽの王様が掴んだ「本当の朝」

会社(オレ)を卒業した日の先へ。65歳、空っぽの王様が掴んだ「本当の朝」|新しい自分へ 50代以上の男性のストーリー

「会社を辞めたら、俺には何も残らなかった」――。

42年間、商社で駆け抜けた佐藤和夫(65歳)を待っていたのは、穏やかな余生ではなく、残酷なまでの「孤独」でした。会社の人間は去り、馴染みの店は冷たくなり、自分がただの「看板を背負った男」だったことを知ります。しかし、彼は絶望の淵で吠えます。「俺は、このまま終わらない」。プライドを捨て、地域ボランティアに身を投じた彼が出会ったのは、夫を亡くし静かに生きる由美子でした。肩書きを捨て、一人の男としての「男気」が人生に再び鮮やかな色を灯す、笑いと涙の再起物語。

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プロローグ:看板が剥がれた朝

私、佐藤和夫(仮名・65歳)は、42年間勤め上げた商社を定年退職した。

花束を抱え、後輩たちの拍手に送られ、ビルの回転ドアをくぐったその瞬間までは、私は間違いなく「仕事のできる、頼れる部長」だった。

「明日からは、悠々自適の毎日だ。趣味でも見つけて、穏やかに暮らそう」

そう思っていた。いや、そう信じて疑わなかった。

しかし、翌朝。 午前6時に目が覚めて、ネクタイを結ぶ必要がないことに気づいた瞬間、猛烈な虚無感が部屋を支配した。

独身。バツイチですらない、生涯未婚。「仕事が恋人」などと格好をつけてきたが、現実は、会社という大きな船に寄生していただけの、ただの男だった。

第1章:砂の城の崩壊

退職して一週間。私は、自分のこれまでの「人間関係」がいかに脆い砂の城だったかを思い知らされることになる。

まず、会社の部下や同僚たちだ。

「定年されたら、飲みに行きましょうよ!」

「佐藤部長のいない営業部は寂しいです」

そう言っていたはずの彼らにLINEを送っても、返ってくるのは三日後。あるいは既読スルー。

『すみません、今バタバタしておりまして……また落ち着いたら!』

その「また」が二度と来ないことを、私は商売人としての勘で瞬時に理解した。彼らにとって私は「佐藤和夫」ではなく、「権限を持つ部長」でしかなかったのだ。

さらに追い打ちをかけたのは、15年通い詰めた銀座のバーのママだった。退職金の一部を手に、少し贅沢をしようと店を訪れた。

「あら、佐藤さん。お疲れ様でした。……あ、でもね、今日はあいにく予約でいっぱいで。また今度ね」

かつては「佐藤さーん、会いたかった!」と満面の笑みで迎えてくれた彼女の目は、驚くほど冷えていた。現役時代の「領収書を切る太客」でなくなった途端、私はただの「金払いの悪い老人」に成り下がったのだ。

公園のベンチに座り、鳩に餌をやる老人たちを眺めながら、私は自分の人生を深く呪った。

「俺は、何のために42年間もあんなに必死に働いたんだ……」

家族もいない。友人もいない。行きつけの店すらない。

残ったのは、使い道のわからない貯金と、持て余した時間だけ。涙が、枯れた芝生に落ちた。私は、会社を去った瞬間に「無」になったのだ。

第2章:俺はこのまま終わらない

「……ふざけるな」

一ヶ月後、ボサボソの頭で鏡を見た私は、自分自身に吠えた。

このまま、誰にも看取られず、埃(ほこり)の被った部屋で孤独死を待つのか。「佐藤和夫」という一人の男の人生は、会社という看板がなきゃ成り立たないほど安っぽいものだったのか。

「俺は、このまま終わらない。会社(あっち)が俺を捨てたんじゃない。俺が会社を卒業して、ようやく『自分』を始めるんだ」

私は、まずは自分を変えることにした。

高級なスーツを脱ぎ捨て、動きやすいワークパンツを履いた。そして、地域のボランティアセンターへ足を運んだ。

「何でもやります。体力が自慢の元営業マンですから」

そう言って紹介されたのは、独居老人宅の修繕や、荒れ果てた地域公園の清掃という、かつての部下が見たら絶句するような「雑用」だった。

プライドが邪魔をしなかったと言えば嘘になる。だが、草をむしり、ペンキを塗り、壊れた柵を直しているうちに、不思議な充足感が私を包んだ。

「ありがとう、助かったよ」

そう言って、近所の老婆がくれた一本の冷えたお茶。領収書で落とす高級ワインよりも、そのお茶は、私の渇いた魂に染み渡った。

これは「部長」への接待ではない。「佐藤さん」という個人への、心からの感謝だったからだ。

第3章:運命の出会い、そして「男気」の灯

ある夏の日。地域の夏祭りの設営を手伝っていたときのことだ。猛暑の中、古い櫓(やぐら)の組み立てを指揮していた私は、一人の女性に出会った。

近所に住むという、由美子さん(仮名・63歳)。彼女は、祭りの炊き出しのボランティアとして参加していた。

「佐藤さん、あまり無理しないでくださいね。顔が真っ赤ですよ」

彼女は、自前のうちわで私を扇いでくれた。

由美子さんもまた、夫を数年前に亡くし、一人暮らしをしているという。子どもは遠方にいて、滅多に帰ってこない。

「寂しいですよ。でも、こうして地域のために動いていると、自分がまだ生きているって実感が持てるんです」

彼女の寂しげな、けれど芯のある横顔に、私は自分を重ねた。

そして、その夜。事件は起きた。

設営がほぼ終わろうとしていた頃、近所のガラの悪い若者たちが、祭りの会場で暴れ始めた。

「うるせえんだよ、ジジババ共が!」

酒に酔った彼らが、由美子さんたちが丹精込めて用意した炊き出しの鍋を蹴り飛ばそうとした。

周囲の人間が怯えて動けない中、私の体が先に動いた。

「やめろ!」

私は若者の前に立ちはだかった。

「なんだジジイ、やんのか?」

胸ぐらを掴まれ、罵声を浴びせられる。 かつての私なら、警察を呼ぶか、適当に謝って逃げていただろう。だが、今の私は違う。

「この祭りはな、ここにいるみんなが、誰かを喜ばせたいと思って準備したもんだ。お前らのくだらない憂さ晴らしに汚されていいもんじゃない」

私は真っ直ぐに若者の目を見つめた。営業の最前線で、修羅場をいくつもくぐり抜けてきた男の気迫。

それは「部長」という肩書きから来るものではなく、この一ヶ月、泥にまみれて働いてきた「一人の男」としての意地だった。

若者たちは、私の気迫に気圧されたのか、ブツブツと文句を言いながら立ち去っていった。

「佐藤さん、怪我はありませんか!?」

駆け寄ってきた由美子さんの瞳には、心配と、そして明確な「敬意」が宿っていた。

第4章:定年後の人生に、色がつく

その日を境に、由美子さんとの交流が始まった。といっても、若い頃のような燃え上がるような恋ではない。

お互いの家を行き来し、一緒に庭の掃除をしたり、新しい趣味のウォーキングに出かけたり。

「佐藤さんって、本当に真っ直ぐな方ですね。会社を辞めてからの方が、きっと輝いているんでしょうね」

「いや……最初はボロボロだったんだ。でも、由美子さんに会えて、ようやく俺の定年後の人生に、色がつき始めた気がするよ」

私たちは、お互いの孤独を埋め合う「契約」でも「生存確認」でもなく、純粋に「今日、この人と一緒に笑いたい」と願うようになった。

会社に捧げた42年。その後悔が消えたわけではない。

でも、その後悔があったからこそ、今、目の前で微笑む彼女の存在の尊さがわかる。

私の人生は、65歳にしてようやく、自分自身の足で歩き始めたのだ。

エピローグ:新しい朝の始まり

今日も、午前6時に目が覚める。ネクタイは結ばない。

代わりに、ボランティアで使う軍手をポケットに突っ込む。 スマートフォンの画面を見る。

『おはようございます。今日のウォーキング、公園の桜が綺麗ですよ。 由美子』

私は、微笑みながら返信を打つ。

『今向かいます。その後、例の新しいパン屋に寄りましょう』

かつての部下も、銀座のママも、もう私の人生には必要ない。

ここには、私を「佐藤さん」と呼び、必要としてくれる人がいる。そして、自分の力で守り抜いた、ささやかな、けれど確かな居場所がある。

定年退職。それは終わりではなく、本当の自分に出会うための「壮大なスタートライン」だったんだ。

俺は、このまま終わらない。人生の後半戦は、これからが最高に面白い。

新しい自分へ。 私は、眩しい朝日の差す玄関を、力強い足取りで踏み出した。

 

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