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育児(おむつ)上等。―不器用な俺たちが、本当の家族になるまで。

育児(おむつ)上等。―不器用な俺たちが、本当の家族になるまで。|新しい自分へ シングルファーザーのストーリー

この子をお願いします」――。20歳の夜、恋人が消えた。残されたのは、生後一週間の娘と、絶望だけ。

地元の「狂犬」と恐れられた不良・蓮は、シングルファザーとして生きることを決意します。おむつと粉ミルクに追われ、限界寸前の彼の前に現れたのは、犬猿の仲だったヤンキー娘・楓。口を開けば喧嘩ばかりの二人ですが、いつしか楓は蓮の育児を支える存在に。しかし、二人が心を通わせたとき、楓から告げられたのは「私は子どもが産めない」という衝撃の告白でした。不器用な男と女が、血の繋がりを超えて「本当の家族」になるまでを描いた、笑いと涙のドタバタ育児奮闘記。

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プロローグ:嵐の夜に生まれた、3000グラムの奇跡

20歳。地元の連中から「狂犬」と恐れられ、バイクのエンジン音を子守唄に生きてきた俺、蓮(れん)。 そんな俺の腕の中に、3000グラムの塊が収まったとき、世界から全ての音が消えた。

「……柔らかいな。おい、壊れちまいそうだぞ」

隣で青白い顔をして笑うのは、18歳の彼女、美羽(みう)。

籍は入れていなかったが、無理を言って立ち会わせてもらった産婦人科のベッド。 生まれたのは、元気な女の子だった。

「陽(ひなた)」 俺が名付けた。俺のような暗い夜の住人ではなく、いつも太陽の当たる場所を歩いてほしいから。

「蓮、この子をお願いね。絶対に、幸せにしてあげて」

美羽が言ったその言葉の意味を、当時の俺はまだ知らなかった。

ただ「あいつと陽のために、これからは真面目に働く。喧嘩も引退だ」と、硬い拳を解くことだけを誓っていたんだ。

第1章:18歳の逃亡、そして「父親」になった日

退院から一週間。陽を抱いて美羽の実家から俺の実家へ遊びに来た美羽は、いつもより少しだけ、丁寧にメイクをしていた。

「ちょっとコンビニ行ってくる。気晴らししてきていい?」

「ああ。陽は俺が見てるから、ゆっくりしてこいよ」

それが最後だった。

「……美羽、遅くないか?」

実家の居間で、俺は時計を見上げた。コンビニへ行くと言ってから二時間が過ぎていた。

ふと、陽のベビーバッグから白い紙が覗いているのに気づく。嫌な予感がして手に取ると、そこには震える字でこう書かれていた。

『ごめんなさい。私には、この子の母親になる資格がない。蓮、お願い。』

「な、……なんだよこれ。おい、冗談だろ?」

指先が震え、紙が床に落ちる。

「どうしたの、蓮?」

異変に気づいたお袋がメモを拾い上げ、絶句した。

親父がそれを横から奪い取り、苦虫を噛み潰したような顔で俺を見た。

「蓮……これは、そういうことか」

「……探してくる。すぐ連れ戻してくる!」

俺は上着を掴み、叫ぶように家を飛び出した。背後で陽が、何かを察したように激しく泣き始めたのが、夜の闇に突き刺さった。

バイクのエンジンを唸らせ、まず向かったのは美羽の実家だ。数十分前まで彼女がいたはずの場所。 インターホンを何度も叩くと、美羽の両親が怪訝な顔で出てきた。

「蓮くん? こんな夜中にどうし……」

「お父さん、お母さん、すみません。これ……これを読んでください」

俺はメモを差し出した。乱暴な言葉を使いそうになるのを必死で抑え、喉の奥まで込み上げる怒りを飲み込む。

彼女を預けていたのは俺だ。俺にも責任がある。 メモを読んだ父親の手から、力が抜けていくのがわかった。

「そんな……美羽、あの子……」

「お父さん、どこか心当たりはありませんか。美羽が行きそうな場所、あるいは誰か連絡を取りそうな友達……なんでもいいんです、教えてください」

「申し訳ない、蓮くん。本当に申し訳ない……」

二人は玄関先で、崩れ落ちるように膝をついた。

「あの子、退院してからずっと、夜中に震えていたんです。自分が親になれるのかって……でも、まさか……。蓮くん、本当に、本当にごめんなさい」

泣き崩れる二人を前に、俺はそれ以上何も言えなかった。憎むべきは彼女の両親ではない。

美羽が抱えていた「恐怖」に、一番近くにいながら気づけなかった自分自身だ。

翌朝、俺は一睡もせずに美羽の親友たちを訪ね歩いた。

「昨日から美羽と連絡取れたか? どこにいるか知らないか」

「えっ、美羽が? 知らないよ……でも、この前LINEで『蓮くんの未来を奪っちゃうのが怖い』って送ってきたことはあったけど……」

友人たちの証言は、どれも絶望的だった。誰も美羽の行き先を知らず、誰も彼女を止めることができなかった。

それから一週間。俺は仕事も休み、地元のあらゆる路地、海岸、二人で行った公園を虱潰しに探した。

だが、美羽のスマホは解約され、SNSの垢も消えた。彼女はこの世界から、煙のように消え去ってしまった。

失踪から二週間が経った夜。俺の親父が重い口を開いた。

「蓮、現実を見ろ。お前一人でどうするつもりだ。仕事もしなきゃならん。……陽ちゃんは、施設に相談することも考えた方がいいんじゃないか」

「……ふざけないでくれよ」

俺の声は低く、地を這うようだった。

「施設なんて行かせない。美羽が逃げたなら、俺が倍愛せばいい。俺がこの子の父親なんだ」

「お前、遊びじゃないんだぞ!」

「わかってるよ、親父。……金も、これからのことも、全部自分で責任取る。俺が、陽を育て上げるんだ」

十五日目の朝。俺は一人暮らしのアパートに戻り、泣きじゃくる陽を抱き上げた。

「陽、今日から二人だ。俺が、お前を世界一幸せな娘にしてやる」

こうして、元不良の壮絶なワンオペ育児が、本当の意味で始まった。

第2章:おむつとプライド、そして楓との出会い

ひとり暮らしのアパート。 壁には昔撮った特攻服の連中との写真。

だが、部屋の中は粉ミルクの匂いとおむつ用のゴミ箱で溢れていた。

仕事は昼間の解体工事。現場で汗を流し、休憩時間はスマホで「離乳食 簡単」「夜泣き 対策」を検索する日々。

「おい、蓮。実家に陽を預けっぱなしでいいだろ。もっと楽にやれよ」

親父やお袋が心配して言うが、俺には譲れないポリシーがあった。

親には頼るが、頼り切らない。金も一円だって出させない。だって、陽は「俺の」娘だからだ。

一年が過ぎた頃、俺は限界だった。目の下にはクマが定着し、体重は5キロ落ちた。

地元では「あの狂犬・蓮が、一人でおむつ替えてるらしいぜ」という噂が広まり、半分は尊敬、半分は嘲笑の対象になっていた。

そんなある日の夕暮れ。 スーパーで特売の粉ミルクを抱え、ベビーカーを押していた俺の前に、一人の女が立ちはだかった。

「……だっさ。何その顔。死神かよ」

聞き覚えのある、攻撃的で、それでいて鈴を転がすような声。そこにいたのは、地元で知らない奴はいないヤンキー娘、楓(かえで)だった。

高校時代、別のチームにいた俺たちは、会えば「あぁん?」「やんのかコラ」と火花を散らす犬猿の仲。

だが、実のところ俺は、あいつの気の強さの裏にある寂しげな瞳を、ずっと意識していた。

そんな楓に、一番見られたくない姿を見られてしまった…。

第3章:犬猿の仲、時々、家族

「なんだよ、楓。喧嘩売りに来たなら他所でやれ。今、陽が寝たばっかりなんだよ」

俺が小声で威嚇すると、楓は鼻で笑った。

「誰が喧嘩よ。あんたがあんまりに情けない面してるから、笑いに来ただけ。ほら、そのベビーカー。タイヤにゴミ挟まってるわよ、マヌケ」

楓はブツブツ言いながら、ベビーカーのタイヤに絡まった糸屑を器用に指で取り除いた。

「……おせっかいなんだよ」

「ふん。じゃあね、イクメンパパさん」

それからだ。なぜか、俺が行く先々に楓が現れるようになった。

公園で陽を遊ばせていると、「たまたま通りかかっただけ」と言いながら、陽の好きなアンパンマンのジュースを置いていく。

アパートの廊下で「あんたの部屋、廊下までカレーの匂いしてんのよ。栄養偏るわよ」と、山盛りの惣菜を押し付けてくる。

「おい、楓。お前、暇なのか?」

「し、失礼ね! 忙しいわよ。あんたの育児が下手すぎて見てられないだけ!」

口を開けば喧嘩ばかり。 でも、楓が来ると陽が笑う。 俺が疲れ果ててソファで寝落ちしたとき、薄れゆく意識の中で、楓が陽に優しく読み聞かせをしている声が聞こえた。

「ほら、陽ちゃん。お父さんは馬鹿だけど、陽ちゃんは賢くなるのよ……」

その時、俺の固まっていた何かが、少しずつ解けていくのを感じた。

陽が一歳を過ぎ、離乳食が始まった頃。俺の生活は「戦場」そのものだった。

地元の連中が「狂犬」と恐れた俺の今の最大の敵は、手強い「納豆粥」と「機嫌の悪い一歳児」だ。

ある日曜の昼下がり。

「おい、陽! 頼むから食ってくれ! 飛行機ですよー、ブーン!」

俺はスプーンを空中で旋回させ、必死の形相で陽の口元へ運ぶ。だが、陽は「ぶーっ!」と全力の拒絶。俺の顔面は納豆まみれになった。

そこへ、ガバッと玄関のドアが開いた。

「……ぶはっ! 何その顔。納豆パックの化身かよ」

そこに立っていたのは、相変わらず派手な格好をした楓だった。

「勝手に入んなよ! 今、大事な局面なんだよ」

「大事な局面(笑)。あんた、飛行機のエンジン止まってるわよ。貸しなさい、マヌケ」

楓はドカドカと上がり込むと、俺からスプーンをひったくった。

「いい、陽ちゃん? お父さんは馬鹿だから、飛行機の飛ばし方知らないの。……ほら、あーん!」

楓が魔法のような手つきでスプーンを動かすと、あんなに拒んでいた陽が「ぱくっ」と食べた。

「……おい、なんでお前だと食うんだよ」

「愛とテクニックの差ね。あんた、現場仕事ばっかりで手がゴツすぎるのよ。もっと優しく、こう……『ふわっ』とやりなさいよ、この岩石野郎」

「岩石ってなんだよ! 悪かったな、解体業で!」

そんな言い合いをしながらも、楓は手際よく部屋を片付け始める。

「ちょっと、この洗濯物の山は何? 陽ちゃんの靴下、片っぽずつしかないじゃない。あんた、異次元にでも送り込んでるの?」

「うるせえ。洗濯機が食ってんだよ」

「嘘言いなさいよ! ほら、ここにあるじゃない、テレビの裏に! なんでこんなとこに落ちてんのよ、意味わかんない!」

楓はブツブツ文句を言いながら、俺の破れた靴下まで縫い始めた。

「……楓、お前、わざわざこれしに来たのか?」

「勘違いしないでよね。あんたがあんまりにも不潔だから、近所迷惑だと思ってボランティアしに来てあげたの。感謝しなさいよ」

また別の日。陽が初めて熱を出した夜。俺はパニックになり、深夜に楓を電話で呼び出した。

「楓! 陽が熱い! 溶けるかもしれない、どうすればいい!」

『溶けるわけないでしょ! 脇を冷やしなさい! 今すぐ行くから動かないで!』

十分後、楓はパジャマの上にスカジャンを羽織り、髪を振り乱して現れた。

「保冷剤はある!? 水枕は!? ない!? あんた、本当になんにも持ってないのね、この原始人!」

楓はテキパキと陽を看病し、俺はただ「お、おう……」と指示に従うだけの新入社員状態。

夜明け前、熱が引いてすやすや眠る陽の横で、俺たちは座り込んでいた。

「……ありがとな、楓。マジで助かった」

「ふん。あんたが一人でオロオロしてる姿が面白すぎて、寝不足も吹っ飛んだわよ。……でも、少しは父親らしくなったんじゃない? 顔つきが、狂犬っていうより『疲れた柴犬』って感じ」

「柴犬って言うな。せめて秋田犬にしろ」

喧嘩ばかり。でも、楓がこの部屋に来ると、ずっと凍りついていた空気が、陽の笑い声と共に溶け出していく。

俺たちは、お互いを「天敵」と呼び合いながら、気づけば三人で食卓を囲むことが当たり前になっていた。

第4章:隠されていた真実

陽が三歳の誕生日を迎えた夜。俺たちはアパートでささやかなパーティーを開いた。

陽が寝静まった後、俺と楓はベランダで缶ビールを空けていた。夜風が少しだけ冷たい。

「……なあ、楓。お前には感謝してる。陽もあんなに懐いてるし、俺も……その」

俺が珍しく真面目に言葉を紡ごうとしたとき、楓が自嘲気味に笑った。

「やめてよ、蓮。湿っぽいのはあんたに似合わない。……陽ちゃん、本当に可愛くなったよね。あんなに小さかったのに」

「ああ。……お前も、いい加減自分のガキ産んだら、いい母ちゃんになるんじゃねえの?」

冗談のつもりだった。いつもの、軽口の延長線のはずだった。

だが、次の瞬間、楓の手から缶ビールが落ち、アスファルトに空虚な音を立てた。楓の肩が、見たこともないほど激しく震えている。

「……産めないんだよ、私」

喉の奥から絞り出すような、掠れた声だった。

「え……?」

「産めないの! 昔、大きな病気してさ……。私の人生、真っ暗になったんだよ」

楓は顔を覆い、しゃがみ込んだ。

「だから、陽ちゃんを見てると……怖かった。自分が母親になったみたいな錯覚しちゃうのが。蓮に『産め』って言われるたびに、心臓をナイフで刺されてるみたいだった。でも、この部屋に来るのをやめられなかった……。あんたたちと一緒にいるときだけ、私は『お母さん』になれた気がしたから……!」

俺は、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

これまで俺が放ってきた「早く子ども産めよ」「陽の世話ばっかりしてねーで」という言葉の数々。

あいつがどんな思いで、俺の代わりに陽の泥だらけの服を洗い、陽の成長に涙していたか。 俺は、世界で一番あいつを傷つけていた。

「……ごめん。……本当に、ごめん、楓」

俺は膝をつき、泣きじゃくる楓を強引に抱き寄せた。

「謝んなよ……蓮が悪いんじゃない。私が、欠陥品なだけ……」

「欠陥品なんて言うな! 誰がそんなこと決めたんだよ!」

俺はあいつの肩を掴み、真っ直ぐにその目を見た。涙でぐちゃぐちゃになった楓の顔は、今まで出会ったどの女よりも綺麗だった。

「いいか、楓。陽を産んだのは美羽かもしれない。でも、陽を『育てた』のはお前だ。陽が初めて歩いたとき、一番近くで喜んでたのはお前だ。陽の母ちゃんは、世界中で、お前一人しかいねえんだよ」

楓の瞳が大きく揺れた。

「俺も同じだ。美羽がいなくなったとき、俺の人生も終わったと思ってた。でも、お前がこの部屋の電気を点けてくれたんだ。お前がいないと、俺たちはもう生きていけねえ」

俺は楓の額に、自分の額を押し当てた。

「俺と家族になってくれ。子どもが産めないとか、そんなの関係ねえ。陽を、俺とお前の二人で、世界一の幸せ者にしよう。お前が陽の母ちゃんで、俺が父ちゃんで……それで完璧だろ」

「……いいの? 本当に、私でいいの?」

「お前じゃなきゃダメなんだ。頼む、楓。俺たちの『家族』を、完成させてくれ」

楓は、俺の胸に顔を埋めて、子どものように声を上げて泣いた。

その涙は、長年あいつを縛り付けていた孤独を洗い流していくようだった。

俺もまた、あいつの背中を抱きしめながら、静かに涙を流した。

エピローグ:三人の「新しい朝」

「おい、蓮! 陽ちゃんの靴、左右逆!」

「わかってるよ! 急かすなよ、楓!」

あれから、俺たちの関係は「犬猿の仲」のまま、中身だけがガラリと変わった。

楓は正式に、俺たちの生活の真ん中に座った。あいつは子どもを産めないかもしれない。でも、あいつは誰よりも陽の「お母さん」だった。

陽が三歳になった日。俺たちは、三人で区役所へ行った。

「お父さん、お母さん、お名前をどうぞ」と言われ、俺と楓は顔を見合わせた。

「佐藤蓮です」 「佐藤楓です」

名字が重なった瞬間、楓が鼻を真っ赤にして泣き出した。

俺はそんなあいつの頭を乱暴に撫で、もう一方の手で陽を高く抱き上げた。

「おい、陽。これからは、このうるせー女が本当の母ちゃんだ。文句あるか?」

「なーい! かか、だいしゅき!」

陽の言葉に、楓がさらに号泣する。

俺は、そんな二人を見ながら、あの日逃げ出した美羽のことを、初めて許せるような気がした。 お前が逃げたおかげで、俺は「守る」ことの本当の意味を知った。

そして、この世界で一番強くて優しい「家族」に出会えた。

シングルファザー。それは、地獄だと思っていた。

でも、その地獄の先に、こんなにも温かい「居場所」が待っているなんて。

もしあなたが、今、一人で重い荷物を背負って震えているなら。格好悪くたっていい、誰かにその手を伸ばしてほしい。

あなたの不器用な一生懸命さを、誰かが必ず、どこかで見てくれているから。

新しい自分へ。 俺は、世界で一番大切な二人の手を握り、騒がしくも愛おしい「明日」へと歩き出す。

 

「一人で背負わなきゃいけない」なんて、自分を追い込んでいませんか?不器用でも、失敗だらけでも、あなたの「一生懸命」を分かってくれる人はどこかに必ずいます。過去や境遇を超えて、支え合えるパートナーとの出会いが、あなたの人生を、そして家族の形を豊かに変えてくれるはず。新しい自分へ、共に歩む相手を今から探しませんか。