初めまして、このブログの管理者の ガイド(@NewMyselfG)と申します。
当ブログ【New Myself】をご覧いただき、ありがとうございます。簡単ではありますがプロフィールのページとなります。(結構長いです‥)
このブログについて
2017年12月31日にて、約20年お世話になった会社を退職しました。
これから色んなことに挑戦し経験し考えたり感じたりしたことを、どんどんこのブログに更新していこうと思ってます!内容は多ジャンルですし、いつも同じ考え方とも限りません!(ご容赦ください‥)
40代家族持ちで退職した元会社員が「新しい自分になるために」どう変わりどう考えどう感じどう生きていくのかを赤裸々に書き留めていこうと思います。
そして、40代の元会社員が、退職したことにより何をして何を得て、そして失うのか‥。
とにかく宜しくお願い致します!
自己紹介
ニックネームは ガイド です。40代の元会社員です。
30代半ばくらいから「このまま会社員でいいのか」と考えはじめてました。しかし、ゆっくり考えられないくらい仕事に時間をとられ、気がつけば40代に!
毎日夜遅くまで仕事し、家に帰った頃には明日の仕事のことを考えて、無理やり浅い眠りにつき‥。休日は出張や休日出勤で本当に自分の時間が無く、本当に今まで何をやっていたのかと‥。
でも40代になって、やっとわかったような気がして、このゆっくり考える時間がないのってヤバいんじゃないかと‥‥。
職場や今の仕事が大好きな人には私が言ってることは理解できないと思います。私も20代の頃は休みなんて無いのは当たり前だし、逆に暇になるのが怖く積極的に色んな業務に係わろうとしていました。でも、そんな気持ちが無くなっていく、様々な出来事がありました。
ところが、一昨年の10月に異動となりメチャクチャ暇になりました。(笑)最初の気持ちあは、良いんだか悪いのだかわかりませんでしたが、半年くらい働いてみての正直な気持ちは「今まで何だったんだろう」です。
同じ会社でこんなにもヒマな部署ってあるんだと思い、定時退社・土日休みで数カ月が過ぎ、
今さらまたこの部署で頑張ろうなんて全然考えられません。
「忙しくても暇でもダメって事は、会社が悪いのではなく、自分がダメなんだ」と気付けたのです!今までの自分の不満を全て、自分の問題と考えず会社のせいだと、思い違いをしていたんです‥。このまま、会社に甘えていては、どんどん視野の狭いダメな自分になってしまう‥。
そんなわけで2017年12月31日をもって会社を退職しました!
こんなダメな自分は、新しい自分へ変わらないといけない!と思い、その第一歩が「会社を辞めてみよう」でした。
転職するのか?無職になるのか?起業するのか?、今のところ全然考えてないんですが凄くワクワクしてます!【新しい自分になるため】にチャレンジ中の、元会社員です。
家族構成
妻:会社員
長女:高校生
長男:中学生
ペット:トイプードルが一匹
趣味等
ゴルフ
腕前は100を切れればいいくらいの残念なゴルファーです。
年間5回くらいしか行けないですが大好きです!
趣味はこれからどんどん増やしていけるように頑張ります!‥。
今までの自分のこと
40代の僕が何で会社を辞めようと考えたか。
何で今さら40代で家族持ち、これからも子供たちにお金がかかるって時にどうして?と思われる方が多数だと思います。
何故こんな考えに至ってしまったのかと言う事を、ここで少し綴って行こうと思います。
会社にお世話になった経緯
私が会社に入社したのは、もう約20年も前になります。
高校を卒業し最初に就職した会社を4年くらいで退職し、アルバイトとして働いていた会社の関連会社に誘れ断れ切れずに入社しました。
断り切れずというのは、誘われた当時の正直な気持ちは「定職に就きたくないな」と思ってたからです。とにかく、前の会社辞めたばっかりでしたし何の為に会社を辞めたのかわからないからでした。
前の会社を辞めた時の話
前の会社を辞める時、同僚達には「こんな若いうちから仕事なんてやってらんねーし。俺は会社員なんかもうやんねーし。俺は会社作るし。」と強がって辞めました‥。(恥ずかしい‥)
しかし実際は、朝早くから夜遅くまで働き休日も仕事で友達や彼女と遊べないという、誰でも考える普通でみんなが我慢し乗り越えられるであろう理由で会社を辞めてしました。
そんな感じで辞めたのに、すぐに就職したもんなら「あいつ次決まってたんじゃん!」ってなりかねないんで、必死でお断りしたのでしたが結局「土日休みだし、残業は殆ど無いし、前の会社より給料いいし」という言葉を真に受けお世話になることとなりました。
前の会社を辞めてから今の会社に就職するまでの期間が5か月くらいしかなく、その間はひと月も遊ばずにバイトしてましたので何が何だか分からず自分の考えも何も無いまま「転職成功?」状態になってしまいました。
新しい会社へ転職するためにバイトをやめる
そして無事?に転職することなり、新しい会社に就職することが決定しました。
就職するにあたり、バイトしてるところの社長に「辞めます」って言わなきゃいけないんですけど、自分から伝える前にバイト先の社長に呼ばれ「就職決まってるんだって?」言われてしまいました。
まるで「最初から就職決まってんのに、ウチでバイトしてんの?」って感じで言われたと思い丁重に経緯を説明したところ「ウチで社員にしようと思ってたのに」と本当なのかわかりませんが、とても温かい言葉をいただきました。
当時20代前半だった私は最初の会社を休みがなくダルいという理由で退職し、次のバイト先では給料がいいとこに就職するという理由で辞めてしまいました。
後ほど聞いた話ですが、バイト先の社長は本当に私を社員として雇おうと考え準備していてくれたそうです。その話を聞いたとき、私は自分がどれだけ自分の事しか考えてない馬鹿野郎なんだということを痛感しました。
自分の事を考えてくれている人がいたのに「土日休みだし、残業ないし、給料いいし」で何となく就職先を決めてしまった事をとても悔みました。
しかしもう後戻りは出来ないので、私は「次の会社は絶対に辞めない!」と心に誓い新しい会社にお世話になることとなりました。
当時を振り返って思う事
20代という若い時期の出来事で、強がって自分の事しか考えられない視野の狭い人間でした。当時の私には勿論、何の力もありませんし何の実績も考えもありませんでした。
しかし、すぐに思いついた事ができる行動力だけはあったと思います。段々と歳を重ねると、その行動力が著しく低下してしまい「現状維持」が大事なことだと思ってしまいがちです。
しかし、当時40代になった私は「現状維持」から脱出したく、会社を辞めてみようと考えました。新しい自分になる為に、行動したくてしたくて堪らない40代会社員でした‥。
転職先のこと
この会社は全国規模の会社で各都道府県に事業所があり、私が勤務している地区では2箇所の事業所がありました。
そのうちの一つの事業所に配属され、事業所の所長から会社の歴史やどんな事業に係わったとか色々説明をいただきました。業界では名の通った会社らしかったのですが、当時(20代前半)の私には全く耳に触れたことが無い会社でした。
バイトを辞めた時に「この会社に一生お世話になる!」と決めてた私は、それから必死に仕事を覚えるために、とにかく積極的に「自分がやります!」みたいな感じでグイグイと雑用から何まで全部に係わろうという思いで頑張ったんですが‥‥。
ヒマなんです!
兎にも角にもメチャクチャ暇でした。入社前に聞いていた通り土日休みの残業なしで給料は前よりは多少ですがいいってな感じでした。
バイトする前に勤務していた会社を退職した理由は「休み無い・残業多い」でしたが、新しく入社した会社は「土日休み・定時退社」なのに ツ・ラ・イ….。
仕事がヒマってこんなに辛いとは知りませんでした。転職したての時はそんな感情しかありませんでした。でも、そのおかげで全然仕事の知識が無かった私は、有り余る程の時間を利用し仕事の勉強が出来ました。
職場の人達も突然やって来たまったくの素人の私に対しても丁寧に教えてくれました。また、友達や彼女と遊ぶ時間が出来て休みの日はとても充実したものとなってました。
こんな調子で、2年間程働いていたある日「異動」することになりました。
異動
異動したのは、同じ地区のもうひとつの事業所でした。
ちょうど仕事も慣れてきたし収入も安定してきてたので、彼女と「そろそろ結婚かなって」ってよく話すようになっていました。彼女とはそのころ4年くらい付き合っていて、僕が今の会社に入社した頃にはOLとして働いてました。
私が前の会社で働いていたころは土日は全然遊べなかったし、もちろん旅行なんかも全然行った事もありませんでした。今の会社に入ってからは大型連休には旅行へ行ったり、土日は温泉旅館へ行きとても充実したプライベートを送ってました。
そして、結婚の話が徐々に現実的になってきていた時の異動でしたが私は特になにも考えず「働く場所が変わるだけだし」ってな感じで今までと全く同じスタンスでいましたが‥。
しかし‥。
異動先
そろそろ結婚かなぁ~なんて考えながら、異動先での勤務が始まりました。
しかし、初日から前の部署とは何だか様子が違うような感じが‥?人が少ない!前の部署には常時10人位いましたが、ここには4人‥。自分を入れて4人‥。今日初の自分を入れて4人‥。
たしか異動する時に、次行く事業所は30人規模の事業所と聞いていたので正直「さらにヒマか?」「遅刻上等か?」なんて考えながらいると、勤務時間の9時になった途端に電話が鳴り始め、先程まで居なかった人・居た人がゴチャゴチャ帰って来たりいなくなったりと入社以来見たこともない光景が繰広がれており、自分はどこで何をしていいのか迷う程でした。
当時一番の下っ端だった私は、とにかく自分に出来ることはやらないと完全に職場の人達に置いていかれると思い、電話に出まくり忙しそうな人に話しかけ(迷惑か)自分は居ますよアピールを必死にしました。
本当は一人一人にご挨拶し、自己紹介ってな感じの時間が設けられていると勝手に考えていたのですが、こんな新人の素人にそんな時間は与えられませんでした。(現在はこんな会社じゃありません)
電話が鳴った瞬間に受話器を取りそれを繋ぐ、これで随分と職場の人達の名前を覚えました。「○○さん、○○会社の○○さんからお電話です。」みたいな感じで言うと、その後電話に出た人が○○さんなんだなと、こんな感じで全員の名前と顔を覚えていきました。
一応少しではありますが会話したことになるので電話が終わった後に「○○会社の何々の資料を持ってきて」とか頼まれたり、そしてそのまま「○○会社行くから付いてこい」みたいな感じで外回りにも連れてっていただけるようになり、自分も少しずつですが異動先での社員として働く事が出来るようになりました。
異動当初は、あっという間に一日が過ぎ気疲れや気苦労がMAX状態でした。しかし今までも就職・転職をする度にちょっとした気疲れ・気苦労があったし「この会社に一生お世話になる!」と決めていたので、これが最後だと思い乗り越えられました。
今はもう二度とこんな経験はしたくはないです‥。
結婚
こうして徐々に仕事にも慣れ、休日出勤や残業なんかも増えてはきてましたが、気持ちに余裕が出来てきたので結婚しようということとなりました。
仕事の関係上、入籍だけで式や披露宴は行わないことにしました。彼女も納得?してました。新婚旅行は行きたいと調子に乗り上司に相談しましたが、ヤンワリ却下されました‥。(現在はこんな会社じゃありません。)
現在の気持ちに至るまで
結婚後、職場での仕事は益々忙しくなり出張や休日出勤・残業がドンドン増えて家にいる時間が全然ない状況になっていました。
妻は結婚後も仕事を続けていたので平日は仕事・休日は家事に追われ、とても大変だったし寂しい思いもさせてたと思います。
当時は、そんな事全然気にもせずに次から次へと来る、目の前の仕事を必死にやってました。しかしそんな充実していた時代に終わりを告げる事となる、私の悪い癖がまた出てきてしまうんです‥
退職を考えた出来事1
それから月日がたち子供も生まれ、家(マンション)を買いこれからも頑張ろうと思いで仕事に打ち込みました。
しかし、子供が成長し保育園に通うようになり運動会や発表会・卒園式等々の行事と呼ばれる全てに行けませんでした。
人によっては「仕事するために保育園入れてんだから仕方がない」と言われましたが、それは私自身が考え言う事で、他人に言われる事ではないんじゃないかと‥。
そして、小学校入学式は勿論、運動会へも行けないなんてことがあり、子供達は泣いていたそうです。(でも子供にこの話を聞くと別に覚えてないし、泣いてないしと言われます‥。)
この時私は、ちょうど30代前半くらいでした「このままこの感じでいいのか?」と考え始めていたのもこの頃からです。
退職を考えた出来事2
父が他界した時も、病院から「もういつ亡くなってもおかしくない」と言われ、会社に連絡し出張を何方か代われませんかとお願いしました。
しかし、「いつとか、わからないんでしょ?」「まだ大丈夫なんだよね?」などといい結局いつも通りに出張へ行くことになりました。出張から帰って来た日の夜に亡くなりました。(私が30代半ばの時でした)
そして、葬儀も終わった日の夜、会社の方から電話があり「いつから来れそう?」「もう何も無いんでしょ?」と‥。
会社の規定では一週間休めることにはなっていたのですが‥。今思うと結婚後(入籍後)も一週間休めることになっていましたが1日も休んでないんです。その時は何とも思ってませんでしたが。
結局翌日から出社しました。
理不尽だから辞めたいんじゃない
みんな子供の行事には必ず出席し、身内の不幸があれば規定通り休みます。勿論これらの行事等に出席するために、私は仕事を代わってあげたことは沢山あります。
代わってあげた時は特に嫌な気分にもなりませんでしたし、リターンを求めたことや期待したこともありませんでした。しかし、全部ではありませんが「ありがとう」や「申し訳ない」等のお礼の言葉をもらえないことは沢山ありました。
私はその日に用事がないからとかでは無く、自分の用事よりその人の用事の方が重要だと思った時は代わるようにしていました。(子供行事や身内の不幸等)
持ちつ持たれつだと思ってました。自分が勝手に持ちつ持たれつだと考えていただけでした。自分の時も必ず誰かが代わってくれると勝手に思ってました。
高卒でしかも中途採用の私なんか、この職場では休日をいただくことも仕事を代わってもらうことも出来るはずがないと捻くれて思い込んでしまってました。
でも、こんな理由で会社を辞めたわけではありません。
退職を考え出した時の気持ちを考えて
今、昔の事を書いてみて思った事は、「今思い出しても別に腹が立たない」ってことでした。
ずっと、退職理由のきっかけだと思っていましたが、こうして思い出しながらブログで書いてみると今は全くなんとも思いません。
時間がもう解決してくれたとでも言うのでしょうか。
会社に入社した時、「絶対にこの会社は辞めない」と決めていました、でも当時はただその考えが変わっただけでした。
昔の理不尽な思い出を引きずって退職したわけではないんだなと、改めて確認できたような気がします。
もし、過去の理不尽な扱いで退職を考えている方がいるなら、その当時の事を思い出し自分の中で解決しようとしてみるのもいいかもしれません。
最終的になんで退職した?
結局私は30代後半になるまで、自分の常識だけで生きていたことに気が付きました。
私は自分で勝手に、会社の人に対して「良い事をしてあげた」や「あの人はお礼も言わない」等と自分の常識だけで考え1人で悩んでいただけでした。
会社には色々な考えの人がいて「仕事だから仕方がない」と考える人もいれば「仕事なんかよりプライベート」と考える人もおります。
また、「会社に行くだけでお金を貰える」と考える人もいれば、「会社で仕事をするからお金を貰える」と考える人もおり、結局は職場に30人いれば30通りの常識があるわけです。
私は、異動してきてからこの職場で積極的に仕事に関わりました。それは中途採用で拾ってもらったという事と「この会社で一生働く」と、最初の会社を退職しバイトや転職をしてみて感じていたからです。
しかしそれも、自分だけの勝手な考えで他人には全く関係の無い自分だけの常識の中で生きていたのです。
なので私は、今働いている会社が嫌だとか会社の人が嫌だから等の理由で辞めたのではなく、このまま会社員として生きていくことが自分には無理なんじゃないかと思ったわけです。
会社が悪いのではなく、会社と上手く付き合えなかった私が自分の責任で辞めるわけです。
会社を辞めようと決めた時の気持ちは「辞めてからが楽しみだ」しかありませんでした。
最終的に自分の悪い癖がここへきて出てしまったってことだと思います。周りなんか気にせずもっと自分の事を考え厚かましいくらいで良かったのかもしれません‥。
自分の常識だけで会社内の全てが気になり出した私の悪い癖、それを改善する為「新しい自分」に変わろうと思い「退職」しました‥。
自分の常識を変えれなくても「新しい自分」にはなれる筈、とにかく前向きに生きていこうと考えています‥。
これからのこと
このブログは「New Myself」っていう名前です。「新しい自分」になりたくてこの名前にしました。
とにかく、このブログではなんでもいいから多分野で自分が気になった事や伝えたい事や経験したことをどんどん書き留めていこうと思っていますので、末永くお付き合いの程よろしくお願い申し上げます。
なんだか長々とよくわからないプロフィールになってしまいましたが、何卒宜しくお願いします!
2018年1月