「50代の出会いに、ときめきなんて必要ない」――本当にそうでしょうか?
52歳の由香里は、周囲が勧める「老後のための安心な婚活」に馴染めずにいました。彼女が求めていたのは、大好きな韓国ドラマの感動を語り合い、共に旅をして、同じ景色を見て笑える「心の相棒」。スペックや条件を超え、共通の情熱で結ばれた男性・和馬との出会いが、枯れかけていた彼女の人生を鮮やかに塗り替えていきます。50歳を過ぎてから知った、「今が一番、生きている」という圧倒的な実感。大人の女性に贈る、輝きと自由の再生ストーリー。
プロローグ:賞味期限を決められた私
「由香里さん、そろそろ現実を見なさいよ。52歳なんだから。条件が良くて、病気になったとき看病してくれる人。それが一番よ」
職場の休憩室で、世話焼きな同僚がため息をつく。
私、由香里(52歳・独身)は、苦笑いしながらスマホの画面を伏せた。その画面には、次に渡韓した際に行きたいソウルの最新カフェのリストが並んでいた。
世間にとって、50代の婚活・恋活とは「生活の保障」や「孤独死の回避」のための、いわば保険選びのようなものらしい。
「看病してくれる人ねぇ……。でも私、寝込んでるときに横でオロオロされるより、元気なときに美味しいタッカンマリを一緒に食べて、ドラマのロケ地を歩ける人がいいんだけどな」
そう言うと、彼女は呆れた顔で「まだそんな夢みたいなこと……」と呟いた。
でも、本当にそうだろうか。人生の後半戦。体力が衰え、若さが失われていくからこそ、残された時間は「条件」という義務感ではなく、心が躍る「ときめき」で埋め尽くすべきではないのか。
私は、アプリを開いた。
プロフィール欄には、年収や資産ではなく、私が愛してやまない韓国ドラマのタイトルと、初めてソウルの市場で食べたあの温かいクッパの味、そして「いつか暮らすように旅をしたい」という密かな願いを書き連ねた。
第1章:保険(スペック)の海、感性の島
アプリを始めると、驚くほど「現実的」な男性たちからアプローチが届いた。
『定年後の蓄えは十分にあります。一緒に穏やかに暮らせる方を探しています』
『健康には自信があります。毎朝一緒にウォーキングしませんか?』
どれも誠実で、世間一般では「当たり」の物件なのだろう。
でも、私の心は1ミリも動かなかった。彼らのメッセージからは「私」という人間への興味ではなく、「自分を支えてくれるパーツ」を探しているような冷たさを感じてしまったからだ。
「やっぱり、50代の出会いに、趣味の話で盛り上がるような楽しさを求めるのは無理なのかな」
諦めかけていたある夜、一通のメッセージが届いた。
相手は、同い年の「和馬(かずま)」さん。プロフィール写真は、どこか海外の路地裏で楽しそうに笑っている一枚。
メッセージにはこうあった。
『由香里さんのプロフィールの、”ドラマの派手な展開より、登場人物が食べている質素な朝食のシーンに惹かれる”という一文に共感しました。僕も、あの日常の描き方に救われている一人です。もしよければ、新大久保の少しマニアックな店で、本物のコムタンを飲みに行きませんか?』
(……見つけた。この人は、私の”好き”の温度を知っている)
第2章:健康診断より、ドラマの台詞の話を
初めて会ったのは、新大久保の喧騒から少し離れた、知る人ぞ知る韓国料理店。
和馬さんは、気取らないリネンのシャツを羽織り、柔らかな笑顔で現れた。世間が言う「ハイスペック」ではないかもしれない。けれど、その瞳は驚くほど若々しく、好奇心に溢れていた。
「初めまして。……今日は、健康診断の結果や年金の話をするために来たんじゃないので、安心してくださいね」
彼が最初に言ったそのジョークに、私は思わず吹き出した。
そこからの3時間は、驚くほど密度の濃い時間だった。大好きなドラマのあの切ない台詞、済州島の風の匂い、次にソウルへ行ったら絶対に食べたい地方料理の話。会話はノンストップで跳ね続け、一度も途切れることがなかった。
「僕、周りからは変人扱いですよ。50過ぎて、将来の備えもせずに、時間ができれば一人で海外の路地裏を歩き回ってるんですから」
「私も同じです。友人には、もっと現実を見ろって怒られてばかり。でも、あの旅の空気を知ってしまうと、もう戻れないんですよね」
私たちは、50代という年齢が背負わされる「落ち着き」という名の重石を、軽々と放り投げた。
今、この瞬間、目の前の人と好きなものの話をすること。 それが、どんな資産形成よりも私の人生を豊かにしてくれる。
第3章:魂の「旅仲間(パートナー)」
ある日、二人で新大久保のスーパーで、珍しい調味料を物色していたときのこと。
「和馬さん。私たち、これからどうなるんでしょうね」
ふと、現実的な問いが口をついた。世間が言う「結婚」という形を、私たちはまだ一度も口にしていなかった。
和馬さんは、並んでいるキムチの瓶を見つめたまま、静かに言った。
「由香里さん。僕は、あなたと”生活”を守り合うために出会ったんじゃないと思っています。僕は、あなたと人生という旅を”面白がりたい”んです」
「……面白がる?」
「ええ。死ぬ間際、走馬灯に映るのが、預金通帳の残高や看病の記憶だけなのは寂しい。それよりも、あなたと笑いながら食べた激辛料理や、ドラマのシーンみたいに綺麗だったあの夜景を思い出したい。僕にとっての恋活は、一緒に世界を面白がれる相棒を探す旅なんです」
その言葉に、私は鼻の奥がツンとした。
これだ。私が欲しかったのは、老後のための「保険」じゃない。不確かな未来を、一緒に「ドラマチック」に変えてくれる共犯者だったんだ。
第4章:50歳は、人生の「再編集」
それからの私たちの関係は、世間の枠組みにはまらないものだった。
籍は入れない。同居もしない。
でも、面白いドラマを見つければ『第3話のあのシーン、観た!?』とLINEが来る。
週末になれば「航空券が安くなってたから、来月ソウルに行かない?」と、少年の姿に戻ったような顔で提案してくる。
どちらかが風邪を引いたときは、LINEで
『お粥の美味しいお店、デリバリーで手配しておいたから。受け取るだけにしてね』
と、そっとサポートに徹する。
「自分のことは自分で。でも、心が寂しいときや、本当に困ったときは一番に呼んで」
それが、互いを一人の大人として敬い、依存しない、今の私たちにとって一番心地よい距離感だった。
友人たちは相変わらず言う。
「それ、将来どうするのよ。落ち着きなさいよ」
私は微笑んで答える。
「将来? 明日、彼とどのドラマの続きを観るかで頭がいっぱいよ」
50歳を過ぎて始めた恋活。それは、自分でも気づかなかった「乙女な私」を再発見する旅だった。
シワも、白髪も、彼と笑い合う美味しい時間の前では、何の問題でもなかった。
エピローグ:今が、一番「生きている」を実感
今、私は空港のラウンジで、和馬さんと並んで搭乗を待っている。
手元には二つのパスポート。若い頃の旅行はどこか義務的で、SNSで見栄を張るためのものだったかもしれない。
でも今は違う。 隣にいるこの人と、この瞬間の空気を、匂いを、そして感情を分かち合うためだけに、私たちは空を飛ぶ。
「ねえ、和馬さん。私、50を過ぎてから、今が一番『生きている』って実感があるの」
搭乗ゲートへ向かう群衆の中で、私はふと立ち止まってそう言った。
和馬さんは驚いたように目を見開き、それから優しく笑って私の手を握りしめた。
「僕もだよ、由香里さん。人生の後半戦が、こんなに鮮やかな色をしてるなんて、君に出会うまで知らなかった」
50代。枯れるには早すぎるし、自分を偽るには遅すぎる。
世間が言う「幸せの形」なんて、今の私には必要ない。
私たちが作るのは、誰にも真似できない、私たちだけの極上のロードムービーだ。
もしあなたが、今、「今さら私なんて」と立ち止まっているなら。条件という鎧を脱ぎ捨てて、自分の心が躍る方へ一歩踏み出してほしい。
世界は、あなたが思うよりずっと、美味しくて色彩に満ちているから。
新しい自分へ。 私は彼としっかり手を取り、輝く滑走路の先にある、新しい物語へと踏み出した。
「もう、条件や世間体で選ぶのはやめませんか?」人生の後半戦、本当に必要なのは「保険」ではなく、同じ景色を見て笑い合える「旅仲間」です。大好きなドラマや旅の話を、子どものように夢中で語り合える相手がきっと待っています。年齢という枠を超えて、一人の女性として最高に輝く時間を。新しい自分へ、大人の恋活を今、始めましょう。

