「私一人で育てなきゃ」そう肩を震わせて頑張っているあなたへ。
離婚から5年、8歳の娘と築き上げた「二人きりの完璧な世界」。そこへ新しい誰かを招き入れることは、期待よりも「子どもへの申し訳なさ」や「失敗への恐怖」が勝るものです。一度傷ついた経験があるからこそ、慎重になるのは当然のこと。
これは、マッチングアプリで出会った一回り年上の男性と、ゆっくりと、本当にゆっくりと「家族」の距離を縮めていった一人の女性の物語です。パパの代わりではなく、一人の誠実な大人として子どもに向き合う彼の姿が、頑なだった彼女の心をどう溶かしていったのか。血縁を超えた新しい絆の形、その等身大の軌跡を辿ります。
プロローグ:二人きりの完成された世界
「ママ、今日のご飯なに?」
8歳になった娘・ひかり(仮名)の声がリビングに響く。離婚してから5年。私、真希(まき・仮名)35歳は、娘と二人で築いてきたこの小さな世界を守ることに必死だった。
一度の結婚の失敗から、「男なんて信じない。この子と二人で生きていければそれでいい」と心に決めていた。平日はフルタイムで働き、週末は娘の習い事や公園遊び。母親であり父親でもある。その役割を全うすることに、疑問を感じる暇もなかった。
けれど、娘が成長するにつれ、ふとした瞬間に「父親不在」の影が差す。授業参観や運動会、周囲の楽しげな「家族」の姿を見て、娘が少しだけ寂しそうな顔をすることに、私は気づかないふりをしていた。
シングルマザーにとって、再婚は自分一人の問題ではない。「子連れ再婚は難しい」というネットの書き込みを見るたび、私は自分の幸せに蓋をしてきた。
第1章:プロフィールに書けなかった「本音」
ある夜、親友から「真希自身の人生も大切にしていいんだよ」と言われ、半分投げやりにマッチングアプリをインストールした。
多くのシングルマザーがアプリで悩むのが、子どもの存在をどう伝えるかだ。私はあえて、防衛本能に近い厳しめの条件をプロフィールに記載した。
『8歳の娘がいます。子どもが第一です。遊び目的の方や、すぐの結婚を求める方はご遠慮ください。まずは一人の人間として信頼できる方を探しています』
浮ついた出会いは欲しくなかった。娘を傷つけるくらいなら、一人でいた方がずっといい。そんな私の頑ななプロフィールに、一通のメッセージが届いた。
「はじめまして、和也(かずや・仮名)といいます。僕もバツイチで、別居していますが成人した子どもがいます。親としての責任と、一人の人間としての孤独、どちらも分かると言ったらおこがましいでしょうか。ゆっくりお話しできれば嬉しいです」
和也さんは47歳。一回り年上の落ち着いた雰囲気の男性だった。彼とのやり取りは、これまでの誰とも違っていた。
第2章:メッセージに滲む「生活感」の共有
和也さんとの会話には、キラキラした恋愛要素は一切なかった。
「今日の晩ごはんは、娘さんの好きなハンバーグですか?」
「反抗期、うちは大変でしたよ。でも、それも成長の証ですね」
話題の中心はいつも、お互いの日常や子育ての経験談。彼もまた、親としての苦悩を知っているからこそ、私の「母親としての時間」を最大限に尊重してくれた。シングルマザーの再婚で最も高いハードルは、相手が自分の生活のリズムを理解してくれるかどうかだ。
「真希さん、無理に時間を作らなくていいですよ。娘さんが寝た後の、ほんの数分のチャットだけで、僕は十分楽しいですから」
その言葉に、どれほど救われただろう。私はいつしか、彼を一人の男性として以上に、戦友のような、深い信頼を置けるパートナーとして意識するようになっていた。
第3章:初めての「三人の時間」はファミレスで
出会って3ヶ月。私たちは初めて会うことになった。場所はオシャレなレストランではなく、娘も一緒に行ける近所のファミリーレストラン。
「パパの代わりを探しているわけじゃない。ただ、娘に会わせてみたい」
そう決意したものの、当日の朝まで心臓はバクバクしていた。娘が嫌がったらどうしよう。和也さんが娘を見て、幻滅したらどうしよう。
けれど、和也さんは完璧だった。 彼は娘に過度に媚びることはしなかった。無理に「パパ候補」として振る舞うのではなく、親戚の叔父さんのような、少し距離を置いた温かさで娘に接してくれた。
「ひかりちゃん、そのキーホルダー、かわいいデザインだね」
和也さんの自然な一言に、娘が少しずつ笑顔を見せ始める。ファミレスのドリンクバーを一緒に取りに行く二人の後ろ姿を見て、私の警戒心は音を立てて崩れていった。彼は私を奪いに来た人ではなく、私たちの生活に、そっと寄り添いに来てくれた人だった。
第4章:ステップファミリーの洗礼と葛藤
順調に見えた関係だったが、再婚家庭(ステップファミリー)への道は平坦ではなかった。
交際半年が過ぎた頃、娘が突然「和也さん、もう来なくていい」と泣き出したことがあった。母親を奪われるような、子ども特有の嫉妬。そして私自身の「本当にこの人でいいのか。私のエゴで娘を振り回していないか」という強烈な迷い。
私は和也さんに「しばらく会うのを控えたい」と伝えた。彼は、怒ることも焦ることもなく、こう答えた。
「分かりました。ひかりちゃんの心が一番大切です。僕はいつまでも待ちます。ひかりちゃんが『また会いたい』と思ってくれる日まで、僕はここから動きません」
その「待つ」という選択。自分の欲望よりも、私たちの家族のペースを優先してくれる彼の深い愛こそが、何よりも確かなものだと思えた。和也さんは、私の王子様ではなく、家族の歩幅を合わせてくれる伴侶だった。
第5章:名もなき絆が生まれる夜
数ヶ月の時間をかけ、娘の心はゆっくりと解けていった。和也さんは、会えない間も娘の好きなアニメのキャラクターを調べたり、メッセージを送ってくれたりしていた。
ある夜、三人で過ごした帰り道。ひかりが和也さんの服の裾をぎゅっと掴んで言った。
「和也さん、次のお休みも、うちに来る?」
和也さんは少し驚いた顔をして、それから優しく娘の頭を撫でた。
「ひかりちゃんがいいなら、喜んでお邪魔するよ」
その光景を見て、私は確信した。華やかなプロポーズや高価な指輪はいらない。この平穏な日常が続いていくことこそが、私たちが手に入れたかった本当の幸せなのだ。
その夜、ひかりが寝静まったキッチンで、和也さんと並んで洗い物をした。
「真希さん、僕たち、ゆっくり『家族』になっていこうか」
お皿を拭く彼の手を、私は濡れたままの手で握った。性的な高揚感よりも、背負ってきた荷物を半分持ってもらったような、涙が出るほどの安心感。血の繋がりよりも濃い、「共に生きる」という覚悟を分かち合った夜だった。
エピローグ:血の繋がりを超えた、新しい「軌跡」
それから1年後。私たちは静かに入籍した。
「パパ」と呼ばれるようになるまでには、まだ時間がかかるかもしれない。ひかりは今でも彼のことを「和也さん」と呼んでいる。けれど、それでいい。呼び名よりも大切なのは、一緒に笑い、一緒に悩み、同じ食卓を囲む時間が積み重なっていることだ。
マッチングアプリを開いたあの夜、私は孤独から逃げたいだけだったのかもしれない。けれど、一歩踏み出した先で見つけたのは、失ったはずの「家族」という絆の再構築だった。
ステップファミリーとしての悩みは、これからも尽きないだろう。けれど、私の隣には、歩幅を合わせてくれる人がいる。
スマートフォンの待受画面。そこには、恥ずかしそうに笑う娘と、その肩にそっと手を置く、新しい「家族」の姿がある。 私たちの新しい軌跡は、まだ始まったばかりだ。
