「私は大丈夫!」そう笑って10年。
夫を亡くし、二人の子を育てる42歳の陽子は、夜の30分だけ訪れる「孤独」を恋愛小説で埋めていました。そんなある日、ふとしたきっかけで始めたマッチングアプリで出会ったのは、4歳年下の直哉。多感な時期の子どもたちとの距離、再婚への葛藤。焦らず一歩ずつ、「家族の形」を作り直していく、大人のラブストーリー。
第1章:豪快なママの、誰にも言えない30分
「はいはい、ご飯できたよ! ほら、12歳にもなってパジャマのままいないの!」
42歳の私、陽子(ようこ・仮名)の朝は、怒鳴り声から始まる。
10年前に出張先の事故で夫を亡くしてから、私は「肝っ玉母ちゃん」を演じ続けてきた。
中1の長女・美月(みつき・仮名)と、小4の長男・健太(けんた・仮名)。
夫が最後に家にいたのは、彼が亡くなるひと月も前。最後にかわした会話さえ曖昧なまま、私は二人の子どもを守るために、強くなるしかなかった。
「陽子さんはいつも元気ね、悩みなんてなさそう」
パート先のスーパーの同僚からもそう言われる。
「あはは、私から元気を取ったら何も残らないわよ!」
大きな声で笑い飛ばすのが、私の処世術だった。
けれど、夜23時。子どもたちが寝静まり、暗い部屋で一人ベッドに入ったときだけ、私の「武装」は解ける。
(……寂しいな)
冷たいシーツに触れると、胸の奥がギュッとなる。
そんな時、私はスマホで恋愛小説を貪り読んだ。小説のヒーローに、もう二度と会えない夫の面影を重ね、疑似恋愛に浸る。
それが、私の乾ききった心を潤す唯一の30分だった。
恋愛小説ばかり検索しているせいか、スマホには頻繁にマッチングアプリの広告が出るようになった。
「美男美女ばかり……こんなのでうまくいくわけないじゃん」
鼻で笑いながら広告をスルー。
私には、子どもたちの反抗期や学費、日々の生活が重くのしかかっている。色恋なんて、贅沢品だと言い聞かせていた。
そんなある日、パート先の先輩で、付き合いの長いシングルマザーの恵子さん(50代)から衝撃の報告を受けた。
「陽子さん、私、籍を入れたの。アプリで出会って半年。今の旦那さん、私の子どものことも、すごく大事にしてくれるのよ」
驚きと、それ以上の羨望が胸を突いた。
その夜、私はいつものようにベッドで恋愛小説を開こうとしたが、指が勝手に動いていた。
誰にも見られないように、布団を頭から被って、こっそりとアプリに登録した。
名前は「ヨウ」。写真は、去年の旅行で子どもが撮ってくれた、奇跡的に綺麗に写っている一枚。
これが、私の「止まった時計」を動かす最初の一歩になるとは、その時は思ってもみなかった。
第2章:4歳下の「彼」と、ほどけていく心
登録して数日。4歳年下の離婚歴がある男性、直哉(なおや・仮名)さんとマッチングした。
『はじめまして。プロフィールのお子さんの話、温かくて素敵ですね』
届いたメッセージは、驚くほど丁寧だった。
それから一ヶ月、直哉さんとのやり取りは毎日の楽しみになった。
「今日、特売の卵が即完売だったの」という愚痴や、「息子がテストで良い点取った!」という喜び。
直哉さんは、私の豪快な笑い話も、ふと漏らした弱音も、すべてを優しく受け止めてくれた。
夫が亡くなってから10年。誰かに「今日もお疲れ様」と言ってもらえることが、これほど心に染みるとは思わなかった。
そして、初めてのデート。現れた直哉さんは、清潔感のある、でもどこか照れくさそうに笑う人だった。
二回、三回と会ううちに、彼との時間は、私が「ママ」から「陽子」に戻れる唯一の場所になっていった。
三ヶ月目のデート。小雨が降る夕暮れ時、私たちは映画を観た後、静かなカフェに入った。
「陽子さん、手、冷えてますね」
彼が不意に私の右手を包み込んだ。
「えっ、あ、私、年中無休の肝っ玉母ちゃんだから、これくらい平気よ!」
咄嗟に冗談で返そうとする私。でも、直哉さんは真剣な目で私を見つめて離さなかった。
「……もう、強がらなくていいんですよ。僕の前では、ただの陽子さんでいてください」
その手の温もりが、10年間一人で張り詰めていた心の糸を、ぷつりと切った。
「……だって、私、頑張らなきゃいけないから……」
涙が溢れて止まらなかった。彼は何も言わずに、ただ静かに私の手を握り続けてくれた。
映画の感想よりも、将来の不安よりも、この温もりが何よりの答えだった。私は、この人と一緒に生きていきたい。心からそう願った。
第3章:四人の食卓、そして「歩み寄り」
「……直哉さんと、これからも一緒にいたい」 決意は固まった。
でも、12歳の娘・美月の反応が怖かった。思春期の彼女にとって、母親の恋愛は嫌悪の対象かもしれない。
悩む私に、直哉さんは優しく提案してくれた。
「陽子さん、焦らなくていいよ。まずは『パパになる人』じゃなくて、僕のことを『お母さんの親しい友人』として紹介してくれないかな? みんなで一緒にご飯に行こう」
初めて四人で囲んだ焼肉屋の食卓。空気は重かった。
美月は不機嫌そうにスマホをいじり、健太は緊張して固まっている。
私は必死に喋り続けたが、直哉さんは落ち着いていた。
「美月ちゃん、そのスマホのケース、人気のアニメのやつだよね? 最近、新シリーズが始まったんだっけ」
直哉さんの言葉に、美月がピクッと反応した。
「……おじさん、知ってるの? 全然面白くないよ、前のシリーズの方が良かったし」
ぶっきらぼうな返事。
でも、直哉さんは否定せず、「そうなんだ、どのあたりが違うの?」と興味深そうに耳を傾けた。
食事が進み、健太が肉を焦がしそうになったとき。直哉さんが自然な動作でトングを取り、健太と美月の皿に焼きあがった肉を置いた。
「美月ちゃん、勉強も部活も大変な時期だよね。陽子さんから、いつも頑張ってるって聞いてるよ」
その言葉に、美月が箸を止めた。
「……お母さん、そんなこと言ってるの?」
「ああ、自慢の娘だって。いつも助けられてるって、嬉しそうに話してたよ」
美月の瞳が、少しだけ潤んだように見えた。
彼女は小さく「……ふーん」と呟き、直哉さんが焼いた肉を口に運んだ。
「……おじさんの焼き方、ちょっと上手いかも」
その小さな、でも確かな一歩に、私の胸が熱くなった。
帰り道。少し前を歩く直哉さんと健太の後ろ姿を、美月と並んで見つめる。
「お母さん」 美月が小声で私を呼んだ。
「……あの人、そんなに悪い人じゃないね。お母さんが夜、一人でスマホ見て寂しそうにしてるの、知ってたからさ。……いいよ、たまになら、また四人でご飯食べても」
娘の大人びた優しさに、夜風が心地よく感じられた。
夫が亡くなったあの夏から、私はずっと一人で走ってきた。 でも、これからは隣に、そして後ろに、支えてくれる人たちがいる。 止まっていた私の時計は、新しい家族の鼓動とともに、力強く時を刻み始めた。
エピローグ:ゆっくりと刻む、四人の時間
直哉さんと出会ってから、1年が過ぎた。
私たちはまだ、籍を入れていないし、同居もしていない。それぞれが自分の生活を営みながら、週末の夜や連休に「合流」する。そんな付かず離れずの距離感が、今の私たちにはちょうど良かった。
「おじさん、次のキャンプ、この前言ってた新しいテント持ってくる?」
後部座席で、健太が身を乗り出して直哉さんに話しかける。
「ああ、もちろん。健太、設営手伝ってくれるか?」
「任せてよ!」
週末、四人でのドライブ。助手席に座る私の耳に、二人の楽しげな会話が心地よく響く。
子どもたちと直哉さんは、月に2〜3回ほど食事をしたり、こうして出かけたりする仲になっていた。
かつては棘のあった美月も、今では直哉さんの車で流れる音楽に「センスいいじゃん」と笑い、学校で嫌なことがあった時には、私よりも先に直哉さんにLINEで愚痴をこぼすことさえある。
直哉さんは、決して「父親」を強要しなかった。
あくまで私の大切なパートナーとして、そして子どもたちの良き理解者として、一歩引いた場所から見守ってくれている。その控えめな優しさが、思春期の入り口にいる子どもたちの心をゆっくりと解かしてくれたのだ。
目的地に着き、広大な景色を前に四人で並んで歩く。ふとした瞬間に、直哉さんが私にだけ聞こえる声で囁いた。
「陽子、今日は一段といい顔してるね」
「そう? 美月にまた『お母さん、最近若返ったんじゃない?』なんてからかわれちゃったわよ」
私たちは顔を見合わせて笑う。
10年前、夫を亡くしたあの夏。私の世界はモノクロになり、時計の針は止まってしまった。
もう二度と、誰かと未来を語ることなんてない。そう思っていた夜の30分が、今は懐かしく感じられる。
私たちはまだ、答えを急がない。
いつか同じ屋根の下で暮らす日が来るかもしれないし、このままの形が続くかもしれない。 けれど、一つだけ確かなことがある。
私の隣には、私の「強がり」を愛し、子どもたちの成長を一緒に喜んでくれる人がいる。 そして、私の背中を追いかける子どもたちの瞳には、未来への希望が宿っている。
「ほら、二人とも置いていくわよ! 早くおいで!」
私の豪快な声が、青空に吸い込まれていく。
演じているわけではない、心からの笑い。 止まっていた私の時計は、今、愛おしい四人の鼓動とともに、優しく、そして力強く時を刻んでいる。
「お母さん」の顔を脱いで、一人の女性として愛される時間を。 子どもたちのために走り続けてきたあなた。その優しさを、丸ごと受け止めてくれるパートナーが待っています。きっかけは、夜のわずかな自由時間から。新しい「家族の形」を、あなたのペースで見つけませんか?
