これは、「母親」としての責任感と、「一人の女性」としての孤独の間で揺れていた女性が、新しい家族の形を見つけるまでのストーリーです。
32歳、シングルマザー。離婚の傷を抱え、息子のために自分の人生を封印してきた彼女。そんな彼女の頑なな心を溶かしたのは、マッチングアプリを通じて出会った、ある年上男性の深い包容力でした。
「母親が恋をするなんて」という罪悪感を乗り越え、愛する息子と共に、再び誰かを信じ、愛される喜びを取り戻していく。「ママ」の私が、もう一度「私」に帰るまでの温かな再生の軌跡を、ぜひご覧ください。
第1章:閉ざした「女」としての自分
「ママ、見て! お星さま!」
5歳になる息子・陽太が、寝室の窓を指差してはしゃいでいる。私は「本当だね、綺麗だね」と答えながら、その小さな背中を優しく撫でた。
私の名前は菜々子(仮名)、32歳。離婚してから3年、女手一つで陽太を育ててきた。朝は保育園への送り出しから始まり、日中は時短勤務で事務の仕事、夜は夕食の準備と寝かしつけ。私の毎日は、陽太という小さな太陽を中心に回っていた。
「自分の幸せなんて、二の次でいい」
そう自分に言い聞かせてきた。離婚した際、元夫から投げつけられた
「お前は母親に向いていない」
という言葉が、呪いのように胸に深く刻まれていたからだ。私は完璧な母親にならなければならない。恋愛なんて贅沢だし、ましてや別の男性を家庭に招き入れるなんて、息子に対して不謹慎だ――。
けれど、陽太が寝静まった後の深夜。一人で静まり返ったリビングで、スマートフォンの青白い光を見つめていると、猛烈な孤独が襲ってくることがあった。大人と、ただの「母親」としてではなく、「私」として話をしたい。誰かに「頑張ってるね」と抱きしめてもらいたい。
そんなある日、鏡に映った自分の顔を見て愕然とした。疲れ果て、肌は荒れ、髪も適当に結んだだけの女性。そこには「母親」はいても、「菜々子」という一人の女性はどこにもいなかった。
「ママ、笑って?」
陽太にそう言われたとき、私は自分が無意識に眉間に皺を寄せていたことに気づいた。私が幸せでなければ、この子を本当に幸せにすることはできないのではないか。そう思い至ったとき、私は震える手で、以前から気になっていたマッチングアプリをダウンロードした。
第2章:スマホの中の「母親ではない私」
アプリのプロフィール作成は、迷いの連続だった。 「シングルマザーであることを隠すべきか」という問いが頭をよぎったが、私はあえて、一番最初にこう書いた。
『5歳の息子がいるシングルマザーです。平日の夜や週末は子どもとの時間を大切にしています。それでも、一歩ずつ将来を共に歩んでいける方と出会えたら嬉しいです』
案の定、届くメッセージの中には失礼なものもあった。けれど、その中に一つだけ、とても穏やかな文面があった。
「はじめまして、智也(仮名)といいます。お仕事と育児の両立、本当に尊敬します。僕も仕事中心の生活ですが、落ち着いた大人の関係を築ける方を探しています。無理のないペースでお話ししませんか?」
智也さんは42歳。建設コンサルタントとして働く年上の男性だった。彼の写真は、山登りの途中で撮ったという、爽やかで頼りがいのある笑顔だった。
第3章:二人の時間、三人の未来
智也さんとのメッセージは、驚くほど心地よかった。 彼は私の「母親としての自分」を否定せず、かといって「母親」としてだけ見ることもなかった。
「陽太くん、今日は元気に保育園に行けましたか?」
「菜々子さん、今日は仕事で大変なことがあったとおっしゃっていましたが、夜はゆっくり休めていますか?」
彼とのやり取りの中で、私は少しずつ、心の奥に閉じ込めていた「私」を解放していった。 初めてのデートは、日曜日に母に陽太を預け、わずか2時間のランチだった。
「はじめまして、菜々子さん」
現れた智也さんは、スーツを脱いでリラックスした装いだったが、大人の男性特有の包容力を漂わせていた。 久しぶりに「ママ」ではなく、自分の名前で呼ばれた瞬間、心臓が痛いほど高鳴った。
「シングルマザーとの付き合いは、大変だと思いませんか?」
直球の質問を投げかけた私に、彼はコーヒーを一口飲んでから、優しく微笑んだ。
「大変かどうかは、二人が決めることですから。僕は、菜々子さんという人を素晴らしいと思った。そこに陽太くんという大切な存在がいるなら、それを含めてまるごと知っていきたいんです」
その魔法のような言葉に、私の不安は一気に消え去った。
第4章:高いハードル、初めての対面
それから数ヶ月、私たちは慎重に距離を縮めた。 智也さんは決して「早く会わせろ」とは言わなかった。
むしろ
「陽太くんの気持ちが一番大切だから、ゆっくり準備をしよう」
と私をリードしてくれた。
そして迎えた、公園での「初対面」。 智也さんは「ママの友達の智也おじさん」として、陽太の前に現れた。
「陽太くん、かっこいい靴履いてるね! 一緒にボール遊びしてもいいかな?」
年上の智也さんは、子どもとの接し方も驚くほど上手だった。陽太が転びそうになれば大きな手ですくい上げ、泥だらけになっても一緒に笑ってくれる。 走り回る二人の姿をベンチで見守りながら、私は不覚にも涙がこぼれそうになった。陽太に「お父さん」という存在が必要だと思ったことはなかったけれど、こうして二人で笑い合う姿は、私にとって何よりの救いだった。
夕暮れ時、陽太が智也さんの手をぎゅっと握ったとき、私たちの「新しい家族」の形が、うっすらと見えた気がした。
第5章:家族の輪、重なり合う想い
それからさらに半年が過ぎた。 ある週末の夜。陽太がぐっすりと眠った後、智也さんが私の家に来てくれた。
「菜々子さん、今まで一人で陽太くんを守ってきたこと、本当にすごいと思う。でも、これからは僕にも、その荷物を半分持たせてくれないかな」
リビングのソファに座り、彼は私の手を包み込むように握った。
「菜々子さんと陽太くん、二人をまとめて僕の家族にしたい。結婚しよう」
40代の彼の落ち着いた、けれど情熱のこもったプロポーズ。私は泣きながら頷いた。
その夜、私たちは初めて深く結ばれた。 母親になってから、自分の体を「女性」として意識することは少なくなっていた。出産を経て変わった体型や、育児の疲れが滲む肌。智也さんの前に立つのは、少しだけ勇気がいった。
けれど、彼は私の体を、まるで宝物を扱うように優しく、丁寧に愛してくれた。
「この体で陽太くんを育ててきたんだね。本当に綺麗だよ、菜々子」
その言葉に、私は救われた。官能的な刺激よりも、深い安心感と受容の喜びが体を満たしていく。自分という人間を、丸ごと一人の男性に預けることができる。その幸福感は、かつての若い頃の恋とは全く違う、重みのあるものだった。
彼に抱かれながら、私は「もう一人で戦わなくていいんだ」と、心の底から思えた。重なり合う吐息の中に、三人の未来が確かに見えていた。
エピローグ:新しい家族の軌跡。愛は増えていく。
今、私たちの家には、三人の笑い声が響いている。
ステップファミリーとしての再婚。正直に言えば、難しい局面もたくさんある。陽太が戸惑うこともあるし、智也さんも試行錯誤の連続だ。けれど、あの日アプリを開いていなければ、この温かい毎日はなかった。
「ママ、智也パパと結婚してよかったね」
陽太が時折口にするその言葉が、私の決断が間違っていなかったことを教えてくれる。 恋愛は贅沢なんかじゃない。母親が幸せでいることは、子どもにとって最高のプレゼントなのだ。
スマートフォンの待受画面は、今、遊園地の観覧車の前で三人で笑う写真に変わっている。 私の人生の年表に、新しく、そして最も輝かしい「家族の軌跡」が刻まれ始めた。
愛は、減るものではない。 分け合うほどに増えていき、世界を温かく染めていく。 私は一人の女性として、そして一人の母親として、この幸せをずっと守り続けていく。
