「信じることは、傷つくための準備だ」――そう自分に言い聞かせて、一人で生きていくと決めていませんか?
27歳の保育士、沙織。彼女の心から「信頼」という言葉が消えたのは、3年前のこと。一番大切だった恋人と、幼稚園からの親友。その二人に同時に裏切られた瞬間、世界はモノクロームに変わりました。誰の笑顔も、誰の優しさも、すべてに裏があるように見えてしまう。そんな「人間不信」という名の檻に閉じこもっていた彼女が、最後に一度だけ、嘘のない世界を求めてマッチングアプリを開きます。
これは、深い傷を負った女性が、不器用なほど実直な家具職人の男性と出会い、言葉ではなく「積み重なる時間」によって再び人を信じる勇気を取り戻すまでの、魂の再生ストーリーです。
プロローグ:私の世界から「色」が消えた日
「ごめん、沙織。実は、ずっと彼と……」
3年前。幼稚園からの幼馴染で、何でも話せる「たった一人の親友」だと思っていた彼女の口から出た言葉。そして、その隣で気まずそうに目を逸らす、私の恋人。 一番信じていた二人が、私の背後で数年にわたり繋がっていた。
その瞬間、私の世界から色が消えた。
愛も、友情も、信頼も、すべては脆い砂の城でしかなかった。それ以来、私の心には分厚い鉄のカーテンが降りた。
「人は平気で嘘をつく」
「信じることは、傷つくための準備だ」
27歳の保育士、沙織(さおり・仮名)。子どもたちの純粋な笑顔に癒やされながらも、大人の男性と対峙すると、どうしても「裏の顔」を探してしまう。
そんな私がマッチングアプリを入れたのは、癒えない傷を抱えたまま、この先何十年も一人で生きていく孤独に、身体が震えたからだった。
第1章:疑いという名のバリア
アプリを開いても、私は「検察官」のようだった。 届くメッセージの一言一句を疑い、矛盾がないかチェックする。少しでも爽やかすぎる男性は「女慣れしている」と排除し、少しでも言葉が足りない人は「不誠実だ」と切り捨てた。
私にとって、男性はすべて「潜在的な裏切り者」だった。 そんな私のトゲだらけのプロフィールに、一通のメッセージが届いた。
『はじめまして。家具を作っている拓海といいます。言葉にするのは苦手ですが、長く使い続けられるものを作るのが好きです。もしよかったら、少しずつお話ししませんか』
拓海(たくみ・仮名)、30歳。 プロフィール写真は、工房で作業着を着て、真剣な目で木を削っている横顔。
その「嘘がつけなさそうな」無骨な雰囲気に、私は一度だけ、扉を叩いてみることにした。
第2章:言葉よりも重い、木の温もり
初めて会った拓海さんは、想像以上に不器用な人だった。 お洒落なカフェで、緊張のあまりメニューを持つ手が少し震えている。
「僕、嘘をつくのが一番嫌いなんです。木は嘘をつかないから。手を抜けばすぐに形に出るし、丁寧に扱えば一生応えてくれる。人間関係も、そうでありたいと思っています」
彼が語る「信頼」の話は、かつての恋人が語った甘い愛の言葉とは正反対の、重くて、少し硬い、本物の木のようだった。
けれど、私は素直になれなかった。わざと彼を試すようなことを言った。
「そう言って、みんな最後には裏切るんです。私はもう、誰も信じないって決めてるから」
拓海さんは悲しそうな顔をせず、ただ私を見つめて言った。
「信じなくていいですよ。僕がこれから、嘘のない時間を沙織さんに積み上げていくだけですから」
第3章:24時間の「誠実」の積み重ね
それから、拓海さんは言葉通り、行動で私に示し続けた。
彼は、どんなに小さな約束も守った。「明日の朝、この写真を送るね」という些細な約束さえ、一度も破らなかった。
仕事で落ち込んだ時、彼に当たってしまったことがあった。
「もう放っておいてよ! あなたもいつか、私を笑いものにするんでしょ?」
電話越しに泣き叫ぶ私に、彼は静かに答えた。
「今から行くよ。沙織さんの顔が見たい」
夜道を車で1時間かけて駆けつけた彼は、私の顔を見るなり、何も言わずに抱きしめてくれた。
その服からは、いつも微かに木の香りがした。冷え切った私の身体に、彼の確かな体温が伝わってくる。
「……なんで、こんな面倒な女を見捨てないの?」
「面倒じゃないよ。沙織さんが自分を信じられるようになるまで、僕が隣にいるって決めたから」
その瞬間、3年間凍りついていた私の心の中で、何かが溶け出す音がした。
第4章:人間不信のトンネルを抜けて
人間不信というトンネルは、思ったよりずっと長かった。
今でも、彼が誰かと電話をしているだけで、胸がザワつくことがある。
けれど、そのたびに拓海さんは私の手を握り、私の目を見て、何度でも「大丈夫だ」と伝えてくれる。
「信じる」ということは、相手が裏切らないと確信することじゃない。
「もし裏切られたとしても、この人と向き合った時間は本物だった」と、自分を信じられるようになることなんだ。
彼が教えてくれたのは、そんな、強くて優しい信頼の形だった。
エピローグ:新しい色で描く未来
今、私の左手には、拓海さんが自らデザインし、削り出してくれた、世界に一つだけの指輪が光っている。
かつて私を裏切った人たちの名前は、もう私の日常には存在しない。
マッチングアプリ。それは、嘘に溢れた海を泳ぐようなものだと思っていた。 けれど、その底に沈んでいた私を見つけ出し、再び呼吸をさせてくれたのは、拓海さんという名の、嘘のない真実だった。
今、彼は私の「夫」です。 誰のことも信じられなかった暗闇から、私を引き上げてくれた。
私たちは、この手で作る家具のように、時間をかけて、ゆっくりと、壊れない幸せを築いています。

