「あの大恋愛は、なんだったの?」――。28歳で結婚し、幸せの絶頂だったはずの私が、31歳でシングルマザーになった。
情けない夫の裏切りを経て、地元での自立を誓った由香里。保育園探しに苦戦し、必死で働く職場で再会したのは、中学時代の同級生・健太でした。忘れていたはずの過去、そして彼がずっと抱き続けていた一途な想い。スペックでも条件でもなく、ありのままの自分を受け入れてくれる存在に、凍りついた心が溶け出して……。ママであることを誇りに、もう一度「幸せ」を掴み取るための感動の再起ストーリー。
プロローグ:大恋愛の成れの果て
20代の頃の私、は、自分が世界で一番幸せなヒロインだと思っていた。
大学のサークルで出会った彼。共通の趣味、重なる価値観。7年の交際を経て28歳で結婚したとき、この愛は永遠だと信じて疑わなかった。
29歳で長女を出産した。
幸せの絶頂だった。けれど、赤ちゃんの夜泣きが始まった頃から、少しずつ歯車が狂い始める。
「うるさくて眠れない」
夫はそう吐き捨てると、自分の実家に泊まる日が増えた。
一人で泣き止まない赤ん坊を抱き、真っ暗な部屋で朝を待つ不安。夫にとって、私はもう愛する女性ではなく、単なる「子どものママ」であり、便利な「家政婦」に成り下がっていた。
31歳の冬、夫は自分の両親を伴って現れた。
「離婚したいみないなの」
そう切り出したのは夫ではなく、彼の母親だった。
夫は隣で黙って俯いている。
あの大恋愛は何だったの? 私の人生を、時間を返して! 怒りで喉が焼けそうだったが、親の後ろに隠れる情けない男の姿を見た瞬間、スーッと熱が引いていくのを感じた。
「わかりました。その代わり、二度とこの子の前に顔を見せないでください」
私は、その週のうちに荷物をまとめた。
第1章:実家から15分の自立
実家に戻ると、両親は「一緒に住めばいい」と言ってくれた。
けれど、私は実家から車で15分のアパートを借りることにした。
甘えてしまえば、二度と自分ひとりで立ち上がれなくなる気がしたから。定年を控えた父に、これ以上の経済的負担をかけたくないという意地もあった。
実家で埃を被っていた古い車を借り、私は仕事を探し始めた。
東京ではバリバリ働いていた自負があった。けれど、地元の面接官は容赦ない。
「お子さん小さいの? 困るんだよね、急に休まれるから」 何社も断られた。就職はとりあえず諦め、ようやく辿り着いたのが、コールセンターのアルバイトだった。
「初めまして。大西由香里です。今日からお世話になります」
研修初日。指導役として現れた社員の男性を見て、私は息が止まった。
「……あ」 中学の同級生、健太だ。
中学時代、一度も話したことがない。顔は知っているけれど、意識したこともない「その他大勢」の一人。向こうは私のことなんて覚えていないようだった。
やっぱ地元って狭い。私は「初めまして」のフリをして、彼の指導を受けることにした。
第2章:魔法が解けた、忘年会の夜
健太は仕事ができた。
アルバイトの女性たちからの信頼も厚く、複雑なシフト調整もさらりとこなす。私は彼の、静かで頼りがいのある仕事ぶりに、一人の人間として尊敬の念を抱くようになっていた。
12月、職場での忘年会。 「子どもがいるから」と断ろうとした私を、ベテランのバイト仲間たちが「たまには息抜きしなさいよ!」と強引に誘ってくれた。
母も「陽菜(ひな)は見てるから、行ってきなさい」と背中を押してくれた。
お酒の力だろうか。これまで誰にも言えなかった言葉が、溢れ出した。
大学からの大恋愛、裏切り、情けない離婚。
「……私、自分の人生、大失敗したと思ってたんです」
自嘲気味に笑う私を、健太が真っ直ぐに見つめていた。
「失敗なんかじゃないよ。大西さんはちゃんと、自分で自分の道を選んだんだから」
その夜、健太は私に言った。
「実は、最初から気づいてた。中学のときから、忘れたことなかったから」
第3章:記憶の一行
数ヶ月後の休日。シフト連絡用だと思っていた健太のLINEから、メッセージが届いた。
『今度、休みの日にご飯でも食べに行かない?』
母に相談すると「行ってきなさい!」と二つ返事。
地元の居酒屋で待ち合わせた健太は、仕事中より少しだけ柔らかい表情をしていた。
いつも顔を合わせている関係だ。初めて2人での食事といっても特別感もなければ、緊張もない。
最初は、仕事の話や中学時代の思い出話などで盛り上がった。少し酔いが回ってきたころ、健太は中学時代の私とのエピソードを話した。
「中学時代、一度だけ大西と喋ったのを覚えてる?」
「え? 全然……ごめん、話したことないと思ってた」
「理由は忘れたけど、俺が大西に『〇〇先生が呼んでるよ』って言ったんだ。大西は『え?何だろ』って言いながら職員室に走って行った。……それだけなんだけど」
健太は照れくさそうに笑った。
「俺にとっては、それが中学三年間で一番の思い出なんだ。ずっと、大西に片思いしてた」
驚きで言葉が出なかった。
私が大恋愛に溺れ、結婚し、裏切られ、どん底にいた間。 この人は、私が忘れていたような他愛もない一言を、宝物のように抱えて生きていたのだ。
「子どももいるし、すぐにどうこうなんて言わない。でも、月に何回か、こうしてご飯を食べたりしてくれないかな」
健太の言葉に、私は迷わず「よろしく!」と答えた。
あんなに惨めだった私の過去さえも、この人の記憶の中では美しく輝いていた。それが、何よりも救いだった。
第4章:三人の「初対面」、そして震える手
健太と二人で会うようになってから数ヶ月。私たちは、お互いの気持ちを確信しながらも、どこか慎重だった。
私には娘がいる。健太との関係を進めるということは、私の人生だけでなく、陽菜の人生も彼に預けるということだからだ。
「……健太、もしよかったら。今度、陽菜も一緒にどこか行かない?」
私の提案に、健太は驚いたように目を丸くし、それからこれ以上ないほど真剣な顔で頷いた。
「……いいの? 俺、ずっと大西のその言葉を待ってた気がする」
「てかさぁ、その大西ってのもうやめてよ。由香里って名前で呼んでよ」
「うーん。すぐには緊張するけど…、少しづつな」
「なにそれ(笑い)。でも子どもの前では名前で呼んでほしいな」
「うん、そうするよ」
当日の朝。私は自分の準備以上に、陽菜に何を着せるかで一時間も悩んだ。
「陽菜、今日はね、ママのお友達の健太さんに会いに行くんだよ。優しくて、とっても格好いいお兄さんだよ」
四歳の陽菜は、よく分かっていない様子で「おにいさん、あそんでくれる?」と首を傾げている。
待ち合わせは、地元の大きな公園。
遠くに健太の姿が見えたとき、私は心臓が口から飛び出しそうなほど緊張した。
彼は清潔感のある私服。そして、その手には大きな紙袋が握られていた。
「おはよう、陽菜ちゃん。初めまして」
健太は、陽菜の目線に合わせて地面に膝をついた。大人の男性を怖がるかと思ったが、健太の穏やかな声に陽菜は少しだけ警戒を解いたようだった。
「これ、よかったら一緒に遊んでくれるかな」
健太が袋から取り出したのは、真新しいお砂場セットだった。
「あ! くまさん! スコップ!」 陽菜の瞳がキラリと輝く。
「これ、さっき買ってきたんだ。陽菜ちゃん、何色が好きなのか分からなくて、全部入ってるやつにしたんだけど……」
健太の手は、わずかに震えていた。 職場で何十人ものアルバイトを束ね、あんなに堂々と仕事をこなす彼が、一人の小さな女の子を前にして、壊れ物を扱うように緊張している。
その震える手を見た瞬間、私の胸の奥がぎゅっと熱くなった。
この人は、私のことだけでなく、私の宝物である陽菜のことも、こんなにも真剣に受け止めようとしてくれている。
その日は、三人でお砂場遊びをした。健太は汚れも気にせず地面に座り込み、陽菜と一緒に泥だらけになって「お城」を作った。
「パパみたい……」 ふと、陽菜が呟いた。
その言葉に、私たちは一瞬だけ息を呑んだ。 健太は少し困ったように、でもとても嬉しそうに陽菜の頭を優しく撫でた。
「……陽菜ちゃん、今日は楽しかった? またおじさんと遊んでくれるかな」
別れ際、陽菜は健太の指を一瞬だけぎゅっと握り、それから私の後ろに隠れて
「……うん!」
と元気よく答えた。
帰り道。車の中で眠ってしまった陽菜を見つめながら、健太が静かに言った。
「由香里。陽菜ちゃん、本当に可愛いね。……俺、今まで仕事が人生のすべてだと思ってたけど、今日、初めて気づいたよ。誰かの幸せのために時間を使うって、こんなに満たされることなんだって」
私は、健太の横顔を見つめながら、初めて「この人となら、もう一度、愛することを怖がらずに生きていける」と確信した。
ただ、その健太の言葉に
「あっ、いま由香里って呼んだ。緊張するとか言って、さらっと言いやがった(笑)」
車内は2人の笑い声に満ちていた。
大恋愛という幻ではなく、目の前のこの「震える手」こそが、私たちが一生かけて守るべき「真実」なのだ。
エピローグ:三人の「日常」
それから、季節がいくつも流れた。今、目の前には公園の砂場で健太と遊ぶ娘の姿がある。
「パパー! 見て、ケーキ!」
娘が健太をそう呼ぶようになったのも、自然な流れだった。
かつて、大恋愛こそが人生のすべてだと思っていた。
けれど今、私は知っている。本当に大切なのは、ドラマチックな愛の言葉ではなく、日々を共に歩む覚悟と、隣で一緒に笑ってくれる安心感なのだと。
「陽菜、次はあっちの滑り台行こうか」
健太が娘の手を引き、私を振り返って笑う。 私も二人の元へ駆け出す。
シングルマザー。その名前が、かつては枷のように感じられた。でも今は違う。この経験があったからこそ、私は「本当の幸せ」の色を見つけることができた。
「ママの幸せは、この子の幸せ」
心からそう言える今、私たちの新しい物語は、まだ始まったばかりだ。
ママの笑顔が、この子の世界を照らす一番の光。 自分を後回しにするのはもう終わり。ママが心から人生を楽しむ姿こそ、子どもにとって最高の栄養です。「一人の女性」として輝く毎日を。あなたの幸せを一番に願う誰かとの出会いが、家族の未来も明るく彩ります。
